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東京高等裁判所 平成12年(行コ)238号 判決 2000年11月15日

控訴人 中外化学株式会社

被控訴人 金融再生委員会

代理人 日景聡 小林孝雄 ほか5名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴人の控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が平成一一年二月一六日から同月二三日までの間に金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成一〇年法律第一三二号)七二条四項に基づいてした株式会社日本長期信用銀行の控訴人に対する貸付債権その他の資産が同銀行の保有する資産として適当でない旨の判定が無効であることを確認する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件における控訴人の本訴請求の趣旨は、右第一の控訴人の控訴の趣旨の二項と同旨であり、当事者双方の主張等は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の項に記載されているとおりであるから、右の記載を引用する。

すなわち、控訴人は、特別公的管理銀行となった長銀に対し借入金債務を負っていたところ、金融再生法七二条四項に基づき、被控訴人によって、右の控訴人に対する貸付金債権(本件債権)が長銀が保有する資産として適当でないものと判定されたことから、この本件判定には重大かつ明白な違法があるとして、その無効確認を求めている事件である。これに対し、被控訴人は、被控訴人の右の本件判定は、行政事件訴訟法三条に定められている抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しない上、控訴人には右の判定の無効確認を求める法律上の利益もないとし、控訴人の訴えが不適法であるものとして、これを争っている。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人のした本件判定は、行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないものであり、また、控訴人には、右判定が無効であることの確認を求める法律上の利益も認められないものというべきであり、いずれの点からしても、控訴人の本件訴えは不適法なものであって、却下を免れないものと判断する。その理由は、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の項で説示するところと同一であるから、右の説示を引用する。

二  控訴人は、金融再生法の施行以来、被控訴人によって特別公的管理銀行が保有する資産として適当でないものと判定された債権については、一つの例外もなく預金保険機構がこれを買い取っているのであり、被控訴人の右のような資産判定が行われると、その後は右の債権についていわば自動的に預金保険機構による買取りが行われることとなるのであるから、本件判定によって本件債権の買取りの効果が発生するものと同視することができ、したがって、本件判定は、その債務者である控訴人の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果も伴うものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するものであると主張する。

しかしながら、被控訴人は、総理府の外局として設置された組織であり、預金保険機構も、預金保険法に基づいて設立された公的な性格を有する法人であるところ、前記引用に係る原判決が認定、説示するように、金融再生法の定める手続によれば、特別公的管理銀行の株式を取得した預金保険機構は、特例資金援助としての資産買取りの対象となる資産とそうでない資産とを選別するために、被控訴人に対して右の銀行の資産の判定を求めることが義務付けられているのであって、被控訴人においては、この求めに応じて当該銀行の資産の内容を審査した上で一定の基準に従ってその判定をしてその結果を預金保険機構に通知することとなり、この判定によって当該銀行の保有する資産として適当でないと判定された資産について、預金保険機構と当該銀行との契約によって、特例資金援助としての資金の買取りが行われ得ることとなるにとどまるのである。そうすると、この金融再生法七二条一項に基づく買取りの対象となる資産を選別するために行われる被控訴人の判定行為は、これによって直接国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確定するという法的効果を生じさせるものではなく、むしろ、行政機関相互の間で行われる内部的な行為と同視できるものというべきことは、右の原判決の説示にあるとおりであり、したがって、これは抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないものというべきである。なお、仮に控訴人の主張するように、これまで被控訴人によって特別公的管理銀行が保有する資産として適当でないと判定された債権については、すべて預金保険機構による買取りが行われているとの事実があったとしても、右のような仕組みからすると、そのことによって、被控訴人の行う資産判定行為が直接国民の権利義務の内容等を左右するものとして、法的効果を持つものとなるものでないことは、いうまでもないところである。

三  また、控訴人は、本件判定によって経済的、社会的にみて種々の不利益を被っていると主張し、その不利益は、本件判定の法的効果というべきであるから、控訴人には本件判定の無効確認を求める原告適格があるとも主張しているが、控訴人が主張する不利益は、原判決の説示にもあるとおり、いずれも法的効果とはいえない事実上のものにとどまるものというべきである。したがって、この点に関する控訴人の主張も、失当なものというほかない。

第四結論

よって、控訴人の本件訴えを却下した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 涌井紀夫 合田かつ子 宇田川基)

[参考]第1審 東京地裁平成一一年(行ウ)第二一五号平成一二年六月三〇日判決

主文

一 本件訴えを却下する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一 原告の請求

被告が、平成一一年二月一六日から同月二三日までの間に、金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成一〇年法律第一三二号)七二条四項に基づいてした株式会社日本長期信用銀行の原告に対する貸付金債権その他の資産が同銀行の保有する資産として適当でない旨の判定が無効であることを確認する。

二 被告の答弁

1 本案前の答弁

本件訴えを却下する。

2 本案の答弁

原告の請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、被告が、金融機能の再生のための緊急措置に関する法律七二条四項に基づき、株式会社日本長期信用銀行の原告に対する貸付金債権その他の資産が同行の保有する資産として適当でない旨の判定を行ったことから、原告が、右の判定には、重大かつ明白な違法があると主張して、右判定の無効確認を求めている事案である。

一 前提となる事実(各項末尾掲記の証拠等により認定した。)

1 原告は、産業廃棄物の処理及び金属回収等を業とする株式会社である。(<証拠略>)

2 金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成一〇年法律第一三二号。以下「金融再生法」という。)附則三条一項により、金融再生委員会設置法の施行期日の前日まで、被告の権限を行使することとされていた内閣総理大臣は、平成一〇年一〇月二三日、金融再生法三六条に基づき、株式会社日本長期信用銀行(以下「長銀」という。)に対し、特別公的管理の開始の決定をした。(公知の事実)

3(一) 被告による特別公的管理の開始の決定と同時に、当該特別公的管理銀行の株式を取得することの決定がなされ、その旨公告されると、預金保険機構は、当然に当該銀行の株式を取得するが(金融再生法三八条、三九条)、右株式を取得したときは、預金保険機構は、被告に対し、当該特別公的管理銀行の貸出債権その他の資産の内容を審査し、その保有する資産として適当であるか否かの判定を行うよう求めることが義務付けられており(同法七二条三項)、被告は、同法二八条三項に規定する基準に基づいて右の判定(以下「資産判定」という。)を行うものとされている(同条四項)。

(二)(1) 右の資産判定に際しては、あらかじめ判定を行うための基準を定め、これを公表しなければならないこととされている(金融再生法二八条三項)ところ、被告は、「被管理金融機関の貸出債権その他の資産の内容を審査し、承継銀行が保有する資産として適当であるか否かの判定を行うための基準を定める件」(平成一〇年金融再生委員会告示第二号。以下「資産判定基準」という。)をもって、これを定めている。

(2) 資産判定基準の定めは、次のとおりである。

ア 貸出金に係る債務者については、その状況等により、「正常先」、「要注意先」、「破綻懸念先」、「実質破綻先」、「破綻先」に区分する(資産判定基準第二項1)。

右のうち、「正常先」とは、業況が良好であり、かつ、財務内容にも特段の問題がないと認められる債務者をいい、「要注意先」とは、金利減免、棚上げを行っているなど貸出条件に問題のある債務者、元本返済若しくは利息支払が事実上延滞しているなど履行状況に問題がある債務者のほか、業況が低調ないしは不安定な債務者又は財務内容に問題がある債務者など今後の管理に注意を要する債務者をいうが、創業赤字で当初事業計画と大幅な乖離がない債務者を除く。(同項1(一)、同(二))。

イ 「正常先」に対する貸出金は、特別公的管理銀行が保有する資産として適当とする(資産判定基準第二項2、第六項)。

ウ 「要注意先」に対する貸出金は、原則として次のとおり判定する。

i 債務者について、直近の決算において繰越損失が生じておらず、元金の返済及び利息の支払が当初の貸出契約どおり行われている場合には、当該債務者に対する貸出金は特別公的管理銀行が保有する資産として適当とする。

ii 直近の決算において債務超過の状態にある債務者については、当該債務者に対する貸出金は特別公的管理銀行が保有する資産として適当でないものとする。

iii 右i及びii以外の債務者については、一定の要件を満たした場合に限り、当該債務者に対する貸出金は特別公的管理銀行が保有する資産として適当とする。

iv 右iないしiiiにかかわらず、債務者に対する債権が住宅ローン等の個人向けの定型ローン等の貸出金のみの場合、債務者に対する債権の総額が五〇〇〇万円未満であり、元金の返済及び利息の支払が当初の貸出契約どおり行われている場合における当該債務者に対する貸出金については、特別公的管理銀行が保有する資産として適当とみなす。(資産判定基準第二項3、第六項)(<証拠略>)

4 被告は、平成一一年二月一六日から同月二三日までの間に、金融再生法七二条四項に基づき、長銀の原告に対する貸付金債権(以下「本件債権」という。)その他の資産が長銀の保有する資産として適当でない旨の判定(以下「本件判定」という。)をした。(当事者間に争いがない事実)

5 長銀は、金融再生法七二条一項に基づき、預金保険機構に対して本件債権の買取りを申し込み、平成一一年八月一六日、本件債権を、預金保険機構から資産の買取りを委託された株式会社整理回収機構(以下「整理回収機構」という。)に譲渡した。(<証拠略>)

二 当事者双方の主張

(原告の本案の主張)

1 本件判定の違法の明白性

(一) 資産判定基準にいう「正常先」とは、「要注意先」でない債務者ということであるから、金利減免も棚上げも行なっておらず、貸出条件に問題のない債務者や、元本返済も利息支払も延滞していないなど履行状況に問題がない債務者や、業況が普通で安定している債務者や、近く債務超過が解消されることが確実な債務者など、今後の管理に注意を要しない債務者は、「正常先」に当たると解すべきである。

(二) 原告は、これまで金利の減免も行わず、棚上げもなく、元本及び利息を延滞することなく履行しており、業務は低調でもなければ不安定でもなく、財務内容にも問題はないから、「正常先」に当たるというべきである。

被告は、「直近の決算において債務超過の状態にある」ことを理由として「要注意先」に当たると主張するが、資産判定基準によれば、「要注意先」については、債務超過でないものを保有適当とし、債務超過のものを不適当としているのであるから、債務超過であっても元本返済又は利息支払を延滞していない場合には、「正常先」に当たるものというべきである。

(三) したがって、原告は「正常先」の債務者に当たるから、原告に対する貸出金は長銀が保有する資産として適当であることは明らかであるのに、これを誤ってした本件判定には明白な違法がある。

2 本件判定の違法の重大性

(一) 被告は、違法な本件判定により、原告に不良債務者であるという烙印を押したに等しく、そのために、原告は、倒産会社と同様の扱いを受け、本件判定後、融資を受けてきた環境事業団等からの制度融資がなくなるなど、資金繰りが困難になり、営業面においても信用の失墜及び経営不安を招来して、取引の減少を来たし、さらに、他から資材を仕入れる際の代金支払条件等を厳しくされ、原告に係る誤った風説が流布された。

(二) したがって、本件判定によって、原告は、重大な損害を被るものであり、当該処分を規定する行政法規の目的、意味、作用等に照らし、重大な法定要件を欠くことになるというべきであるから、本件判定の違法は重大というべきである。

3 右のとおり、本件判定は、重大かつ明白な違法が存するから無効である。

(被告の本案前の主張)

1 資産判定の処分性の欠缺

(一) 金融再生法七二条四項に基づく資産判定とは、預金保険機構が、特別公的管理の開始の決定により当該特別公的管理銀行の株式を取得したとき(同法三九条)に、被告に対し資産判定を求め、被告が、当該特別公的管理銀行の貸出債権その他の資産の内容を審査し、その保有する資産として適当であるか否かを判定するものである。

このように、資産判定は、金融再生法七二条一項により認められている特別公的管理銀行の預金保険機構に対する資産買取りの申込みの対象とする資産とそうでない資産とを仕訳するものにすぎないから、資産判定は、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を伴うものではない。

なお、金融再生法七二条五項は、特別公的管理銀行の保有する資産として適当でないと判定された資産については、当該特別公的管理銀行が預金保険機構に対してその買取りを申し込むことができると規定するが、特別公的管理銀行の資産買取りの申込みの権限は、そもそも同法七二条一項の規定により付与されており、資産判定によって付与されるものではなく、同条五項は、買取りの申込みができる資産を限定するにとどまるものであるから、右の点をもって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を伴うものということはできない。

(二)(1) 預金保険機構は、預金保険法(昭和四六年法律第三四号)に基づいて設立された法人であって(同法三条)、その理事長、理事及び監事は、両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命し(同法二六条一項)、その業務は被告及び大蔵大臣の監督を受け(同法四五条一項)、毎事業年度、予算及び資金計画につき被告及び大蔵大臣の認可を受け、また、財務諸表につき事業年度終了後その承認を受けることを要し(同法三九条、四〇条一項)、政府は、預金保険機構の債務につき保証できることとされている(同法四二条の二)。

(2) また、金融再生法は、金融機関の破綻が相次いで発生し、我が国の金融の機能が大きく低下するとともに、我が国の金融システムに対する内外の信頼が失われつつあることに鑑み、我が国の金融の機能の安定及びその再生を図るため、金融機関の破綻の処理の原則を定めるとともに、金融機関の金融整理管財人による管理及び破綻した金融機関の業務承継、銀行の特別公的管理並びに金融機関等の資産の買取りに関する緊急措置の制度を設けること等により信用秩序の維持と預金者等の保護を確保することを目的として制定された法律であり(同法一条)、右目的を実現するために、特別公的管理銀行の保有資産買取りを定め、これに係る手続において、以下のとおり、預金保険機構を公益的機関として位置付けている。

すなわち、預金保険機構は、被告による特別公的管理の開始の決定と同時に、当該特別公的管理銀行の株式を取得することの決定を受け、その旨公告されると、当然に当該銀行の株式を取得し(金融再生法三八条、三九条)、そのときには、被告に対して当該特別公的管理銀行につき資産判定を求めることが義務付けられており(同法七二条三項)、右の求めに応じて、被告が資産判定を行う(同条四項)。そして、右資産判定の後、特別公的管理銀行から資産買取りの申込みがあった場合、預金保険機構は、遅滞なく買取りをするかどうかを決定し(同条二項、預金保険法六四条一項)、買取りをする旨の決定をしたときには、当該特別公的管理銀行との間で、買取りに関する契約を締結する(同法六四条四項)。

(3) したがって、資産判定は、右公益目的を達成するために、いわば行政機関たる被告が、前記のとおり公益的機関として位置付けられる預金保険機構に対し、買取申込みのできる資産の仕訳をするものであって、行政機関相互の行為と同視し得るものであり、また、前記のとおり、直接国民に対し法的効果を生じさせるものではないから、行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟の対象となる処分には該当しないというべきである。

(三) 原告は、倒産会社と同様の扱いを受け、融資を受けてきた環境事業団等からの制度融資がなくなるなど、資金繰りが困難になり、営業面においては信用度が失墜し、経営不安を招き、取引の減少を来たす等の重大な損害を被るから、本件判定は、公権力の主体たる国の行政庁が行う行為であって、その行為により、直接、国民の権利義務の内容を変更するものであると主張するが、仮に原告の主張する不利益が発生し、本件判定がそれに何らかの影響を与えていたとしても、その影響は事実上ないし反射的な不利益にすぎないから、原告の右主張には理由がない。

2 原告適格の欠缺

(一) 処分の無効確認訴訟を提起できる者は、当該処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限られる(行政事件訴訟法三六条)。

右にいう「法律上の利益」とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益をいい、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。

(二) 本件判定は、前記のとおり、長銀の原告に対する貸付金債権その他の資産につき長銀が保有するのに適当でないと判定するだけのものであって、長銀の債務者たる原告の権利義務に何らの変更を生じさせるものではないから、原告は本件判定の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないというべきである。

(三) したがって、原告は、本件判定の無効確認を求める原告適格を有していない。

(被告の本案前の主張に対する原告の反論)

1 資産判定の処分性の存在

(一) 資産判定により、当該特別公的管理銀行の保有する資産として適当でないと判定された債権については、当該特別公的管理銀行から預金保険機構に対し、資産の買取りを申し込むものとされ、当該債権は、預金保険機構の管理監督下にある株式会社整理回収機構に自動的に譲渡され(金融再生法七二条五項、同条一項)、債権者が整理回収機構に変更されるという債務者の権利義務を直接変更する効果を有するものである。

すなわち、被告や預金保険機構の解釈ないし指導により、被告によって不良債権と判定された債権については、すべて金融再生法七二条一項による資産買取りの申込みがなされているから、資産判定は、債権の譲渡に連動し、被告が、公権力の主体として、当該特別公的管理銀行の保有する資産として適当でないという判定をすることによって、右債権は自動的に整理回収機構に譲渡されるというべきである。

(二) そして、整理回収機構は、債務者の正常な経営を助ける組織ではなく、あくまで譲り受けた貸付金債権その他の財産の回収処分等を行うことを目的とする株式会社であって、事実上の破産管財人的組織であるから、被告により、当該特別公的管理銀行の保有する資産として適当でないと判定されただけで、前記「(原告の本案の主張)2」記載のとおりの重大な損害を債務者に与えるものである。

(三) したがって、資産判定は、公権力の主体たる国の行政庁が行う行為であって、その行為により、直接、国民の権利義務の内容を変更するものというべきであるから、行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるというべきである。

2 原告適格の存在

原告は、長銀に対する通常の債務者として、契約どおり支払っていけば何らの不利益も受けないという法律上保護された利益を有していたところ、本件判定により、不良債務者であるというレッテルを貼られ、かつ、強引な回収のみを目的とする整理回収機構に、原告の意思を無視して譲渡されるという権利侵害を被ったものである。

したがって、原告は、本件判定の無効確認を求める訴えについて原告適格を有するというべきである。

三 争点

以上によれば、本件の本案前の主張の当否に係る争点は、次の各点にある。

1 金融再生法七二条四項に基づく資産判定は、行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるか。

(争点1)

2 原告は、本件判定の無効の確認を求める法律上の利益を有する者に当たるか。

(争点2)

第三当裁判所の判断

一 被告の地位及び所掌事務

1 被告は、国家行政組織法三条二項の規定に基づいて、総理府の外局として設置された組織であり(金融再生委員会設置法二条)、その所掌事務には、金融破綻処理制度及び金融危機管理に関する調査、企画及び立案をすること(同法四条一号)、金融整理管財人による管理、特別公的管理その他の金融機関の破綻の処理等に関すること(同条二号)、預金保険機構及び農水産業協同組合貯金保険機構の監督に関すること(同条六号)等が含まれている(同法四条)。

2(一) 預金保険機構は、預金保険法に基づいて設立された法人である(同法三条)。

その役員は、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する(同法二六条一項)。

(二) 預金保険機構は、被告及び大蔵大臣が監督し、被告及び大蔵大臣は、預金保険機構の業務に関して監督上必要な命令をすることができる(預金保険法四五条一項、二項)。

また、預金保険機構は、毎事業年度、当該事業年度の開始前に、予算及び資金計画につき被告及び大蔵大臣の認可を受けなければならず、事業年度終了後に、財務諸表につき被告及び大蔵大臣の承認を受けなければならない(同法三九条、四〇条一項)。

(三) 預金保険機構は、保険金及び仮払金の支払、資金援助及び損失の補てん、預金等債権の買取り等の業務を行うために必要があると認めるときは、被告及び大蔵大臣の認可を受けて日本銀行から資金の借入れ等をすることができ、政府は、右の借入れ等に係る債務の保証をすることができる(預金保険法四二条、三四条一項、四二条の二)。

(四) 預金保険機構は、金融再生業務を行うため必要があると認めるときは、政令で定める金額の範囲内において、被告の認可を受けて、資金の借入れをし、又は預金保険機構債券の発行をすることができ(金融再生法六五条一項)、政府は、国会の議決を経た金額の範囲内において、これらの借入れ又は債券に係る債務の保証をすることができる(同法六六条)。

二 金融再生法七二条四項に基づく資産判定の手続及び効果等

1 金融再生法の目的

金融再生法は、金融機関の破綻が相次いで発生し、我が国の金融の機能が大きく低下するとともに、我が国の金融システムに対する内外の信頼が失われつつあることに鑑み、我が国の金融の機能の安定及びその再生を図るため、金融機関の破綻の処理の原則を定めるとともに、金融機関の金融整理管財人による管理及び破綻した金融機関の業務承継、銀行の特別公的管理並びに金融機関等の資産の買取りに関する緊急措置の制度を設けること等により信用秩序の維持と預金者等の保護を確保することを目的として制定された法律である(同法一条)。

2 金融再生法七二条四項に基づく資産判定が行われるまでの手続の流れ

(一) 被告は、銀行がその財産をもって債務を完済することができない場合その他銀行がその業務若しくは財産の状況に照らし預金等の払戻しを停止するおそれがあると認める場合又は銀行が預金等の払戻しを停止した場合であって、当該銀行について営業譲渡等が行われることなく、その業務の全部の廃止又は解散が行われると、我が国における金融の機能又は地域経済活動等に極めて重大な障害が生ずると認められ、こうした事態を特別公的管理以外の方法によっては回避することができないときには、当該銀行につき、特別公的管理の開始の決定をすることができる(金融再生法三六条一項)。

(二) 右の特別公的管理の開始の決定と同時に、被告は、預金保険機構が右決定に係る特別公的管理銀行の株式を取得することを決定し、これを公告しなければならず(金融再生法三八条)、特別公的管理銀行の株式は、公告時に、預金保険機構が取得する(同法三九条一項)。

(三) 預金保険機構は、右によって特別公的管理銀行の株式を取得したときは、被告に対し、当該特別公的管理銀行の資産判定を行うよう求めなければならない(金融再生法七二条三項)。

(四) 被告は、預金保険機構から右の求めがあったときは、資産判定基準に基づいて、資産判定を行う(金融再生法七二条四項)。

3 特別公的管理銀行の資産の買取り

(一) 金融再生法七二条一項の規定に基づく資産の買取り

(1) 特別公的管理銀行は、預金者等の保護のため、その必要の限度において、預金保険機構から金銭の贈与、資金の貸付け若しくは預入れ、資産の買取り又は債務の保証若しくは引受け(以下「特例資金援助」という。)を受けることが必要と思料するときは、預金保険機構に対し、特例資金援助を申し込むことができるとされている(金融再生法七二条一項)が、右の特例資金援助としての資産の買取りの申込みは、前記の資産判定により、特別公的管理銀行の保有する資産として適当でないと判定された資産について行われることとされている(同条五項)。

(2) 右の資産買取りの申込みがあったときには、預金保険機構は、遅滞なく、運営委員会の議決を経て、当該申込みに係る特例資金援助を行うかどうかを決定しなければならない(金融再生法七二条二項、預金保険法六四条一項)。

(3) そして、預金保険機構は、特例資金援助を行う旨の決定をしたときには、特別公的管理銀行との間で、当該特例資金援助に関する契約を締結することとされている(預金保険法六四条四項)。

(二) 金融再生法五三条の規定に基づく資産の買取り

(1) 預金保険機構は、金融再生法一条の目的を達成するため、特別公的管理銀行から平成一三年三月三一日までに資産の買取りの申込みがなされた場合、資産を買い取ることができるとされている(同法五三条一項、二項)。

右の買取りの対象となる資産は、前記の特例資金援助としての買取りの対象とならなかった資産とされている(同法七二条七項)。

(2) 預金保険機構は、右の資産の買取りの申込みを受けたときは、当該資産の買取りの価格その他の条件を定めなければならず、その場合の条件は、当該資産が回収不能となる危険性等を勘案して適正に定められた価格など金融再生法五六条に基づく資産買取基準に従うものでなければならない(同法五五条一項)。

(3) そして、預金保険機構が、右の資産の買取りを決定するときには、被告の承認を受けなければならないものとされている(金融再生法五五条三項)。

4 特別公的管理銀行の被告に対する報告義務等

(一) 特別公的管理銀行は、特別公的管理の開始の決定の後遅滞なく特別公的管理の開始の決定が行われる状況に至った経緯、業務及び財産の状況等を調査し、被告に報告しなければならない(金融再生法四六条一項)。

(二) また、特別公的管理銀行は、経営合理化計画を作成、変更する際には、被告の承認を得なければならず(金融再生法四七条一項、二項)、資金の貸付けその他の業務を行う基準を作成、変更する際にも、被告の承認を得なければならない(同法四八条)。

(三) 被告は、必要があると認めるときは、特別公的管理銀行に対し、その業務及び財産の状況、計画の実施の状況等に関し、報告又は資料の提出を求めることができる(金融再生法四九条一項)。

(四) なお、預金保険機構は、被告の指名に基づき、特別公的管理銀行の取締役及び監査役を選任することができ、また、被告の承認を得て、これを解任することができる(金融再生法四五条)。

三 争点1(金融再生法七二条四項に基づく資産判定の処分性の有無)について

1(一) 金融再生法は、信用秩序の維持と預金者等の保護を確保することを目的として、銀行の特別公的管理については、その影響の甚大性及び特別公的管理以外の方法によっては右影響が回避できないことを特別公的管理の開始の決定の要件としているところ、特別公的管理の開始の決定を受けた銀行の株式は預金保険機構が取得することとした上で、特別公的管理銀行の意思決定手続を簡略化して、速やかな破綻処理を実施するとともに、その業務運営等については、被告が強力な監督を行い、さらには、金融整理管財人による管理及び破綻金融機関の業務承継の場合においても行われる同法五三条の規定する資産の買取りのほかに、特例資金援助としての資産の買取りをその必要な限度において行うことによって、預金者等の保護を図ることとしている。

(二) そして、金融再生法七二条四項に基づく資産判定は、前記のとおり、被告が預金保険機構の求めに応じて行うものであり、特例資金援助としての資産の買取りの対象となるべき資産と同法五三条の規定する資産の買取りの対象となるべき資産とをあらかじめ区別するものであるが、特別公的管理銀行の保有する特定の債権が特別公的管理銀行の保有する資産として適当でないと判定されたとしても、当該債権の買取りの効果は、それによって直ちに発生するものではなく、その後、特別公的管理銀行から同法七二条一項に基づいて資産買取りの申込みがなされ、預金保険機構がこれに応じて買取りを決定し、右特別公的管理銀行との間で買取りに関する契約が締結されることが必要である。

したがって、被告が預金保険機構の求めに応じて行う右の資産判定は、信用秩序の維持と預金者等の保護を確保する目的の下に、公益的機関として位置付けられた預金保険機構に対する強い業務上の監督権限を有する被告が、預金保険機構に対し、買取りをすることができる特別公的管理銀行の資産をあらかじめ仕分けするにすぎないものであり、行政機関相互の行為と同視できるものであるというべきであって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を伴うものとはいえない。

2 原告は、本件判定は、原告に、不良債務者であるという烙印を押すに等しく、そのため、原告は、倒産会社同様の扱いを受け、本件判定後、融資を受けてきた環境事業団等からの制度・融資がなくなるなど、原告の資金繰りが困難になること、営業面においては信用度が失墜し、経営不安を招き、取引の減少を来たすこと、他から資材を仕入れる際の代金支払条件等が厳しくなること等の不利益を受けるものであると主張するが、仮に原告の主張するような不利益が存するとしても、これらはいずれも事実上の影響にすぎず、資産判定による法的効果とは認められない。

3 したがって、金融再生法七二条四項に基づく資産判定は行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである。

四 争点2(原告適格の有無)について

また、仮に金融再生法七二条四項に基づく資産判定が国民の権利義務又はその法的地位に何らかの影響を与える法的効果を伴うものであるとしても、本件判定により、原告の権利義務又はその法的地位には何らの変動も生じていないというべきである。

原告は、本件判定によって、本件債権が、原告の意思を無視して、整理回収機構に譲渡されることとなったと主張するが、金融再生法七二条四項に基づく資産判定により、特別公的管理銀行の保有する資産として適当でないとの判定がされたとしても、それによって、同条一項の買取りの効果が生じるものではないことは、前記のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、本件判定によって、不良債務者であるというレッテルを貼られるという不利益を被ったと主張するが、仮に本件判定の結果、原告が社会的にそのような評価を受けることがあったとしても、それは本件判定の法的効果によるものでないことは明らかである。

したがって、仮に金融再生法七二条四項に基づく資産判定が国民の権利義務に何らかの影響を与える法的効果を伴うものであるとしても、原告は、本件判定の無効確認を求める原告適格を有していないというべきである。

五 以上のとおり、いずれにしても、本件訴えは不適法であるといわざるを得ないから、本件訴えを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 市村陽典 阪本勝 村松秀樹)

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